コラム:複雑な愛国心を超えてスペイン代表
編集:中国サッカー魂編集部
いつも期待はずれだったスペイン
スペインがロシアを30で破って決勝進出を果たした。優勝すれば、実に44年ぶりの優勝ということになる。
スペイン代表といえば、これまで「BEST8の壁」を常に超えられずにいた。
「無敵艦隊」と呼ばれ、才能ある選手が多く、大きな国際大会では必ず期待を集めながら、最高でもBEST8までしか進出できないことが多かった。
今大会はそんな周囲の予想を裏切り、イタリアに勝ち、ヒディング・ロシアにも勝って決勝進出を決めた。しかも試合内容も安定しており、決勝戦となるドイツ戦も非常に期待できる。
特に、昨日の試合ではエース・ビジャが負傷交代という局面で、交代で入ったセスクが2アシストの見事な活躍。選手層の厚さを見せつけた。セスクの能力が高いことはアーセなるで証明済みだが、これだけの選手が控えに回っていることが驚きである。また、単に豊富なタレントをそろえているだけではなく、出場した選手がきっちりと仕事をこなすあたりは、監督であるアラゴネスの采配という点でも、高く評価できる。これならファンは当然、44年ぶりの優勝を期待せざるを得ない。
複雑なアイデンティティー
中国に住む筆者は、この国にいて「愛国心」というのをまざまざと見せ付けられてきた。
日本人から見ると一見過剰すぎにも映るが、しかし国を愛する気持ちは美しいものだ。愛国心はまた、オリンピックやW杯など大きな国際舞台の場になると選手のモチベーションにもなる。「国を代表している」という意識が選手の中にあるからだろう。また、普段はそれほど愛国心を意識しない日本人でも、国際舞台で国歌が流れ、国旗が掲揚されるのを見ると自然と「日本がんばれ」となってしまうのではないか。愛国心とは意識するしないに関わらず、自然とその人の中に生まれてくるものだといえよう。
しかし、ことスペインに関しては複雑だ。
なぜならスペインは、元々独立した国であった複数の国家が統一されてできた国だからだ。統一された後はそれぞれが「地域」となったが、今でも根強くこの「地域」への意識が残っているのである。
一番顕著な例は国内リーグのバルセロナVSレアル・マドリードであろう。
この両チームは単に国内リーグ最強の2チームで、常にタイトル争いをしているからライバルになったのではない。この両チームはそれぞれ、バルセロナはカタルーニャ、そしてレアル・マドリードはカスティージャという、スペインの中でも勢力の強い二地域を代表しているのだ。それゆえ、大げさに言えばこの両チームの戦いはさながら「地域代理戦争」とも言うべきもので、国家を二分するほどの大騒ぎになるのである。
スペイン人でない者にとっては理解するのが難しいこの感情だが、その一例を顕著に示す出来事がかつてあった。それは、当時バルセロナに所属していたポルトガル代表のルイス・フィーゴがレアル・マドリードに移籍したときだ。
バルセロナファンにとっては、チームの中心選手が何のためらいもなくあっさりレアル・マドリードに移籍するなどということは、「裏切り」行為に等しいのだ。もちろん、ポルトガル人であるフィーゴには何の罪もなく、プロとして移籍をするのは当然のことである。しかし、バルセロナファンの愛国心(正確には愛地域心だが)は過剰に反応し、移籍した直後の直接対決ではフィーゴに対して激しいブーイングが浴びせられ、一部の過激なファンはなんと彼に豚の頭を投げつけるという暴挙まで起こった。
日本で長い歴史がある野球で、例えば巨人の選手があっさり阪神に移籍したからといっても、ここまで大きな騒ぎにはならないだろう。それを考えれば、スペイン各地域のサポーターがどれだけ自分の地域のサッカーチームに対してアイデンティティーをかけて応援しているかがわかる。
そう。スペイン人の「愛国心」とは、スペインという国家に対してよりも、かつての国であった現在の「地域」に向けられている、といっても過言ではないのだ。(もちろんスペイン全国民がそうであるということではない)
スペイン代表が勝てなかった理由
そしてこの「愛地域心」とも言うべきアイデンティティーが、実はスペイン代表が実力がありながら国際舞台のここぞという試合で勝てなかった原因だという見方がある。
地域性があまりに強いため、選手の忠誠心はナショナルチームであるスペイン代表よりも、地域のクラブチームに向いてしまうというのだ。つまり、様々な地域から選手が集まるナショナルチームでは、たとえチームメイトでも意識的には「違う国の選手」もしくは「ライバル国の選手」という意識が芽生えてしまうというのである。
無論、現在ではそれが表面化してスペインのナショナルチームが内部分裂を起こすということはないが、1980年代までは、主にバルセロナとレアル・マドリードの選手がナショナルチームにおいてうまく溶け合わず、頭を悩ませていたという。
90年代に入ると、スペイン代表はバルセロナの選手を中心としたチーム形成を行う。94年アメリカW杯時に監督を務めていたクレメンテは、レアル・マドリードで活躍していた選手をあえて召集せずに大会に臨んだ。結果はBEST8で敗退。
98年フランスW杯ではグループリーグで敗退する。
続く02年日韓W杯では、監督のホセ・アントニオはバルセロナ、レアル・マドリードの2チーム中心ではなく、他クラブからも積極的に選手を招集した。この2チーム選手の強烈な地域意識によるチームの不都合を解消しようと試みたのであろう。しかし、結果は「ヒディング韓国」に破れやはりBEST8で敗退。
ユーロ2004では開催国ポルトガルに破れグループリーグ敗退。
06年ドイツ大会ではシャビアロンソ(リバプール)やセスク(アーセナル)など、海外で活躍する若い選手を積極的に招集した。サポーターは「今度こそ」と期待したが、またもやBEST8で破れる。
やっと花開いたユーロ2008
そして迎えた今大会。スペイン代表はついにBEST8のジンクスを破り決勝へ進出した。確かに今大会はユーロであってW杯ではないが、今大会での「ジンクス破り」は必ずや、2010年南アW杯にも好影響をもたらすであろう。
今大会の大躍進については、様々な原因がささやかれている。
たとえば、監督であるアラゴネスの人心掌握術。大胆不敵な発言でマスコミを賑わすことの多いこの人物が、地域性の強い選手を見事にまとめ上げ、ひとつの大きな目標(ユーロ2008優勝)に向けて選手にモチベーションを維持させ続けてきたというものだ。
また、長年スペイン代表の中心選手として活躍してきたラウールがいなくなったから、というのもひとつの説である。ラウールといえばレアル・マドリード生え抜きの選手で、同チームの象徴ともいえる存在。この選手を招集せず、海外で活躍しているシャビアロンソ、フェルナンド・トーレス(リバプール)やセスク(アーセナル)を中心にすえたことで、長年頭を抱えてきたチーム内の地域性の問題を克服した、というものである。
どんな理由にせよ、確かなことはスペイン代表が決勝へ進出した、というその事実だ。決勝戦は29日。対戦相手はドイツ。この強豪を打ち破って、長年のジンクスに悩まされてきた鬱憤を一気に晴らしてほしいと願っているのは私だけではあるまい。
筆者紹介:
小松英之(こまつひでゆき)。静岡生まれ。
小さい頃から地元の高校である清水商業や清水東、東海第一(当時)、静岡学園などの試合を見て育つ。大学卒業後に中国に渡り、日本代表やJリーグの観戦ができなくなるが、あふれるサッカー熱は抑えきれず中国サッカーの観戦及び取材を行うようになる。中国のプロサッカーリーグであるCリーグの観戦多数。
また、中国女子サッカー代表の監督を務め、現在Cリーグの強豪・山東魯能でコーチを務める張海濤コーチとは、家にも行ったことがあるほどの仲。現在同コーチはドイツのケルンFCにてコーチ留学中で、ドイツでのコーチ留学の状況を聞けるなど、貴重な交流を重ねている。
提供:ビッグイーストグループ