【公式】松本忠之「中国人は反日なのか」(コモンズ出版)著者のブログ

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【決意を持って臨む大会-ACL決勝トーナメント1回戦-】コラム:クアットロディチ第二十五回

イングランド・オランダ・日本・中国の各国の指導者ライセンスを所持するサッカースクール!

小松英之の連載がブログで紹介されました!

 5月10日・11日、ACLグループステージ最終節が各地で行われ、Jリーグ参加全チームが決勝トーナメント進出を決めた。

 

 今年は12月に行われるクラブW杯が日本開催となるため、「開催国枠」として2011年シーズンのチャンピオンは自動的に出場が決定している。 しかし、アジアの戦いを勝ち抜いての大会参加はある意味”至上命題”とも言える。

 ここ2シーズン、日本勢はベスト8を前に全チームが姿を消しており、苦戦が続いている。背景には2007、2008年に浦和、G大阪が大会連覇を果たした事が無関係ではないだろう。

 

 彼らはその後、クラブW杯の舞台でそれぞれACミランマンチェスター・ユナイテッドと戦った。色々と意見はあったが、やはり「クラブ№1」という名誉を得るため、この欧州屈指の強豪も本気で日本に乗り込んできたはずだ。 そのクラブとガチンコ勝負をする… 選手としてこれほど幸せなことはない。

 

 他国クラブ関係者はどういった思いでこの一戦を見ていたのだろうか。

 

 すぐ手の届くところに世界最高峰と戦えるチャンスがあるのだ。選手であるなら「来シーズンは俺があそこに」と思うのが当然だろう。そういう点ではこれがライバル心に「火をつけてしまった」ことだろう。翌シーズンからは浦項、城南と韓国勢がアジア2連覇を果たしている。

 1月に行われたアジアカップでは代表としてはアジア王者に返り咲いた日本。クラブチームとしても盟主の座を奪還するためにも、上記4チームは決勝トーナメントでこれまで以上の決意を持って臨む。

 もう一つ、彼らにとっての”戦う理由”それは11日で発生から2ヶ月が経過した東日本大震災だ。いまだに多くの爪跡を残す中、人々は新たな歩みを少しずつ始めようとしている。

 特に鹿島は被災クラブの代表として、原発問題、農作物等の風評被害など、地元が深刻な問題を抱える中、悲願の”アジア王者”という形でそういったネガティブな話題を全て一蹴したいところだ。

 

 元日本代表MF稲本潤一川崎F)の「(被災地に行ったところで、病気を治せるわけでもないし、仮設住宅を建築できるわけでもない事に触れ)サッカー選手はサッカーをしていないと本当に社会から必要とされていない人間なんだなと実感した」という言葉に集約されるように、今被災されている方々の現状とのギャップがあることは確かに否めないだろう。しかし、まずは「ひとつの形」として完結させることだ。優勝賞金の一部を支援金に充てるなど、そこから様々な形で復興への後押しをしていくことは出来る。

 先日、決勝トーナメント1回戦の組み合わせが発表され、いきなり”大阪ダービー”が実現することになった。この時点でベスト8に日本のクラブが進出することは確実になったわけだが、鹿島(FCソウル戦)、名古屋(水原戦)はアウェーの戦いに挑む。1位クラブのホームで1発勝負で行う、という独特のレギュレーションの中、これまではホーム開催権を得ることに比重があったのではないだろうか。鹿島の選手が語るように、「目標はそこではない」わけで、1回戦がホーム開催か敵地での戦いかはどちらでもいい。まずは目の前の敵を倒すことに集中してもらいたいものだ。

 今シーズン、Jリーグはアジアの頂にたどり着けるだろうか。

<筆者紹介>

中島雅淑 1983年 9月5日生まれ

19931996 地元の小学校のサッカー少年団でサッカーを始める。 当時は宇宙飛行士を夢見ていて「体を鍛えるため」という名目だったが、次第に魅力に取り付かれていく。

19961998 中学校のサッカー部に所属。 

1999- 高校受験とともに辞め、進学校だった事もあり、一時期サッカーから離れるも、プレーしなくなった事により、見る「目」が肥えてくる。 また、高校2年時にはアジアカップ2000が開催され、再びサッカー熱に火がつくようになる。 

2002- 大学のサークルでプレー。日韓W杯は全試合観戦。また「瑞穂陸上競技場」「豊田スタジアム」で名古屋グランパスの売り子アルバイトをしながら試合を観戦

2003- 大学中退して大阪へ 専門学校のフットサル大会のため体を動かす程度。テレビ局の関係でチャンピオンズ・リーグを定期的に観戦。

2005 3月 インターンシップで第87回センバツ高校野球スポニチの取材補助を経験。

2006- 仕事の関係で東京へ プレーはしなくなるが、WOWOWに加入していたため、毎週リーガエスパニョーラを観戦。

2007- 地元岐阜に帰還。 FC岐阜が財政危機に陥っているという話を聞き、「地元のクラブを助けなければならない」という思いから、定期的にスタジアムに観戦に行く事になる。

また、市民参加型インターネット新聞新聞サイト「オーマイニュース」に登録して、スポーツ記事を主に発信。年末には活躍が認められ韓国での記者交流会に参加。

2010- テレビ局の関係でプレミアリーグを見るようになる。

<エピソード>

嫌がる元カノを無理矢理瑞穂陸上競技場グランパス戦へ、 せっかくガストでいい感じで女の子と食事していたのに02/03のクラシコがテレビ放映されていたため、気がそっちへ行ってしまった実績あり。

波乱万丈な人生を歩む、だが東海屈指にフットボールを愛している27歳の男。

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