【公式】松本忠之「中国人は反日なのか」(コモンズ出版)著者のブログ

中村祐人、コラム【縦横無尽】、ニュース【ランダム】、B級ニュース【BQN】、ビール、アメリカ、中国etc

【縦横無尽】歴史認識のギャップ

歴史認識のギャップ】
今年亡くなられた堺屋太一さんは過去のインタビューでとても面白いことを語っていた。戦時中、小学生だった氏は学校で先生が「一億玉砕」と言うのを聞いて「一億人が玉砕したら戦争に負けてしまいます」と質問して、先生からこてんぱんに殴られたという。あまりに当たり前のことを言っているが、もちろん当時のご時世では絶対に口にしてはならないことだったのだろう。このエピソードを聞いたとき、私は祖母や早川先生(小学3年時の担任の先生)から聞いた戦時中の話を思い出した。例えば白い布を使えば爆弾から逃れられる(黒い布は光と熱を集めやすいから)とか、バケツリレーの訓練(本土空襲されたらバケツリレーで火事を治める)とか、竹槍訓練(米英兵が本土上陸したら戦うため)など。戦時中の日本人は本気でそんなこと考えて実践していたのかと。
中国人と日本人の歴史認識のギャップは実はこの辺りにあるのではないか(韓国人やその他の国々については勉強不足なのでわからない)。日本人の本土決戦前のエピソードを聞いていると、どうにも本土決戦を現実的に捉えていたようには思えない(もしかしたら政府や軍部が国民に現実的に捉える機会を与えなかったのかもしれないが)。空爆されても白い布をまとえば助かる?空襲による火災をバケツリレーで消す?機関銃を手にした米英部隊が本土に上陸してきたら竹槍で応戦する?もはや漫画の世界だ。
一方、中国はどうか。盧溝橋事件が1937年7月。少なくとも中国人はそこから終戦まで現実的な「本土決戦」を強いられていた。では中国人は日本の空爆に対して白い布をまとったか。日本の空襲による火災をバケツリレーで消そうとしたか。ましてや自分の町や村に侵攻してくる日本兵に竹槍で…もう止めておこう。
要するに現実感の違いである。しかもその期間だ。1937年から1945年で約8年間、中国は「本土決戦」に晒された。日本はどうか。本土決戦を想定して「本土沿岸築城実施要綱」なるものが作られたのが1944年7月。終戦の一年前である。その後、1945年2月から硫黄島、沖縄、大規模な東京大空襲をはじめとした各地空襲、そしてヒロシマナガサキを経て8月15日を迎える。8年間と1年間。8年もの間、各地で親、子供、夫、妻、恋人、いとこ、親友、隣近所を殺され続けた人たちと、わずか1年で「鬼畜米英」からキャンディーやチョコレート欲しさに米兵に群がった子供たち(私の母も米兵に群がったそうだ)とそれを見ていた大人たち。この現実感と期間の違いが歴史認識のギャップの根底にあるのではないか。これだけ違えば、戦争や戦争被害に対する認識のギャップが生まれるのは当然と考えるべきだろう。
歴史教育の違いだという意見もある。ではその教育要綱を作るのは誰か。戦争の現実感で圧倒的なギャップがある2者が「日中戦争」というシンボル化された歴史を記述すればギャップが出て当然である。
となれば、世界で唯一の被爆国である日本は核兵器に対して最も現実感を持っている国民と言えるだろう。それだけの熱量と必死さが、日本の「核兵器反対」にはあるのか。ヒロシマナガサキの人たちほどにそれらがあるのか。
今一度、自分に問ういい機会だ。

 

中国人は「反日」なのか: 中国在住日本人が見た市井の人びと

中国人は「反日」なのか: 中国在住日本人が見た市井の人びと