カップ戦決勝直前!中村祐人独占インタビュー 1 of 5
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「プロキャリアで、まだタイトルを獲ったことがないんですよ。過去4回、チャンスはあったんですが。(夫人へ目線を移して)支えてくれる家族や、いいチームメイトもいる。今回はなんとしてもタイトルを取りたいし、取れると思っています」
男は、インタビューの最後にそう語ったSapling Cup決勝、勝てば自身のプロキャリア初タイトルという大舞台を控えた時期。私は香港にいる彼のインタビューを取るために、上海から深セン、そして香港へと移動していった。
上海から深センに向かう国内線は、予定時刻より4時間半も遅れて出発した。深センのホテルにチェックインした時には日付けが変わっていた。かつてのコーディネーターは「これぞ中国!」と私のいらいらに同情してくれた。
以下は、深セン空港からホテルに向かうタクシーでの運転手との会話である。
「飛行機、遅れたんですよね?」
「うん。4時間半もね」
「原因はなんて言ってました?」
「深センの悪天候だって」
「こっちはね、昼前には大雨が降りましたけど、それも少しの時間だけで、午後はずっと晴れてましたよ」
「えっ?じゃ、なぜ悪天候って言われたんだろう?」
「(運転手、苦笑いしながら)さぁねぇ。朝鮮半島でいろいろあるから、空軍が忙しいのかね」
事実かどうかは別として、朝鮮半島問題はここでも関心が高いようだ。
深セン滞在を終えて、陸路で香港に渡るその日は小雨がぱらついていた。間もなく香港プレミアリーグは年間スケジュールを終えようとしている。その前に、私はどうしても、直接本人に会って聞きたいことがあった。FWからセントラルミッドフィルダーへのコンバート。その理由と本人の気持ちである。
香港プレミアリーグの和富大埔でプレーする中村祐人は、シーズン終盤になっていつものポジションであるFWではなく、列を下げて中盤でプレーしていた。何があったのか。どんな意図なのか。そして、本人はどう考えているのか。以前、インタビューで「いつまでもFWをできるとは思っていない」「いつかは中盤の位置でプレーすることになる」と語っていたことが、今まさに、所属クラブで現実のものとなっている。その真相を聞くために、私は香港へとやってきた。
「もちろんです。その日は、サウスチャイナvs傑志の試合があるので、それを見て、その後に食事でもいかがですか」
中村祐人はインタビューを快諾してくれた。
私は油麻地のホテルにチェックインすると、さっそく試合会場へ向けて出発した。将軍奥スタジアムに着くころには、雨はあがっていた。
いつものように、中村夫人にも同席いただき、インタビューが始まった。
続く